BAR soul on オーナー
山口さんが 感謝したい人
エリソン有理さん
自分の想いを形にして表現することで扉が開いた未来
アウトプットすることの楽しさ、素晴らしさに気づかせてくれた恩師に感謝
前回ご紹介したBAR soul onの山口さんが「困ったときはいつも助けてくれる」と頼る女将ことエリソン有理さん。山口さんを救った言葉である「強い芯を持ちながらしなやかな柔軟性を持つ」をまさに実践する凛とした生き様のエリソンさんとはどんな方なのか。彼女のポリシーとその生き方に重要な指針を示したという感謝したい恩師などについて話を聞かせていただきました。
これまでの人生の中で自分の考えをしっかりと表現することの大切さを知った
仕事帰りに立ち寄り「全盛期は週5でクローズまで飲んでいた」と笑うエリソンさん。彼女もまた、熱烈なBAR soul onのファンでもある
現在、ドイツ系の外資系企業でマーケターとして活躍するエリソン有理さん。前回登場いただいた山口さんからの感謝の言葉を伝えると「そんな事言ったかな」とおどけて笑います。「それこそ彼がアルバイトの頃からの知り合いで、彼が入店する前から通っていたから私のほうがBAR soul on歴は長いくらい」と説明するエリソンさんがBAR soul onで山口さんと出会ったのは15年ほど前。当時、週5回のペースでお店に通っていたというエリソンさんと山口さんは「何かウマがあった」そうで、長い付き合いの中で双方の愚痴や悩み事を気軽に相談できる仲となったといいます。
山口さんについてエリソンさんは「いつもにこやかだけど、お客様とお店、音楽のことにいつも真剣に向き合っていて、どうすればもっと良くなるのか、どうすればもっと満足してもらえるのかという事を終始、突き詰めて考え込んでしまう性格」と分析します。そんな時にエリソンさんは「想いを口に出すこと、具体的に行動すること」を勧めるそうです。「インプットするだけでなく、アウトプットすることも重要だと彼には助言しています。良いものを生み出すのに熟考することは重要ですが、それと同等に口に出し、行動することも重要。価値観の異なる人たちに向けて、いきなり正解を出すことは難しい。それならば実際に自分の想いを形にして提供し、それを評価してもらう。そこからブラッシュアップすることでさらに良くなるはずという考え方もあると思うのです」。
2つの比較対象を用意して、どちらがお客様から満足いただけたのかの施策判断を行うマーケティング手法「ABテスト」のように、柔軟にアウトプットすることの重要性を説くエリソンさん。「私自身もこれまでの人生の中でインプットと同等に、時にそれ以上に“アウトプット”する重要性を学んできた気がします」と語ります。
今を受け止め、「行きあたりばったり」を楽しめる人生でありたい
海外経験を経て、自分と異なる他の人へ自分が今何を考え、何を感じているかは表情や言葉を用いて、しっかりと発信してくことも重要と話すエリソンさん
BAR soul onをきっかけに出会った山口さんとエリソンさん。山口さんが人生を捧げるこちらのお店、実はエリソンさんの今を形成する重要な場所でもあるのです。
東京のとある閑静な住宅街の片隅で生まれ、静岡県の自然味あふれる伊豆半島を経て、横浜で育った彼女は、文字がもたらす創造性を愛し、特に小説など文章を読むことを好み、英文学科で学士号を得てから単身渡英。ワーズワースに代表される19世紀イギリスのロマン派詩人の中から特にバイロン卿を研究するため大学院へ進学を考えていました。一方で自分のやりたいことは、例えるなら、ようやく日本語に不自由しなくなった外国の方が伝統的な日本文学について専門的に研究するようなもの。この言語の壁に直面していた頃、学生時分から通っていたBAR soul onで知り合った将来の上司となる米国人男性がエリソンさんの下宿先のロンドンを訪れたそうです。
「近況を話し込んでいる時に、彼から『日本人のマーケターを探している。良かったらうちの会社で働かないか』と。君は今お金を払って英語を勉強しているが、うちで働けばお金をもらいながら英語も学べるよと言われ、ついつい」。
会社が所在していたのはアメリカ南部のアラバマ州の海沿いの町。大西洋を越えたその地は、話で聞いていた以上に強い独特の訛り“Southern Accent(南部なまり)”のある地域で、身につけたと思っていた英語が役に立たない世界でした。当初願っていた英国人以上の英語の造詣を深めるという趣旨からは離れたものの、働いてみたら思いの外、水が合っていたと言います。
「基本的に『行きあたりばったり』が好きで、いいな、面白いなと思ったらまずは乗っかってみる。あくまですべては自己判断に帰結するのです。流されるのは良くないと言われがちですが、(自ら)流れるのはいいと思っているので。それによって見えてくるもの、好転することもあると思う。今までのところ結果的には、何かしら自分の糧のなるものを得てきているので、当時BAR soul onで将来の社長へ自分の特性をしっかりと表現できていたのは良かった」とエリソンさんは笑います。
人生観を変えてくれた“職員室が嫌いでちっとも先生らしくない”高校時代の恩師
高校時代は休み時間、放課後には美術室へ向かい、自由にものづくりをさせてくれた今亡きエゴンさんの元で自分を表現する術を意識したという
天衣無縫にしてしっかりとした信念を持つエリソンさん。そんな今の印象に反してご自身は過去について「内向的だった」と振り返ります。そんな彼女の転機となり、今でも感謝しているというのが高校時代の恩師で美術教師であった植木孝二さんです。「RCサクセションの『ぼくの好きな先生』を地に行くような生き方をしていて、職員室にも立ち寄らず、美術準備室を自分のアトリエ代わりにタバコを吸いながら作品を創っている先生です。ぶっきらぼうで愛想笑いが苦手で、でも目の奥が温かくて。彼が好きなオーストリアの画家であるエゴン・シーレにちなんで『エゴンさん』って呼んでいました」。とにかく一緒にいるのが楽しくて、休み時間、放課後などは美術準備室を訪ねては、雑談したり、些細な手伝いを買って出たりしていたそうです。
そんなエゴンさんに、ある日言われた一言がその後のエリソンさんを変えることになります。「ある時ふとした瞬間に、『バランスが良いね』って言われて。いろんな解釈ができる言葉ですが、自分としては一気に肩の力が抜けました。それまでは、物事を自己完結させて溜め込んでしまうきらいがあったのですが、その想いを形に表すことが自然なことと思えるようになりました。それが結果として気持ちをとらえやすい形で表現できるようになった。うまくインプットとアウトプットのバランスが取れるようになったのかなって。考えること、口に出すこと、慎重になること、行動することが自分の中で調和が取れ始めたのかもしれない」。
そんなエゴンさんのもとには、アウトプットすること、つまり自分の想いを表現することを大切にする仲間達が自然と集っていたそうです。「私が高校時代から通っていたBe-Papa’sというヘアサロンのオーナーである田口さんという方もそう。私という自己を表現する上で外面上重要な役を担える髪型について、個性を活かしてくれる彼の表現、考え方は私に性に合っていた。予約を入れるときは、『また髪で遊んで』っていうだけですべてが整っていました。彼もエゴンさんの親しいお友だちだったのは、後日聞いた嬉しい驚きでした」とエリソンさんは振り返ります。
しかし、残念なことにそんな感謝を伝えたいエリソンさんの恩師であるエゴンさんこと植木孝二先生も、田口さんもすでに他界しているそうです。一方でエリソンさんは「いなくなってしまったことは残念ですが、一方で彼らの意志を継いでいる方がいることを知り、希望を感じています」とも話します。エリソンさんが愛したヘアサロンBe-Papa’sは、後に名前と場所を変え、今は、お弟子さんに当たる古川カナさんが田口さんの意志を引き継ぐ形で北鎌倉にBigot Papa’sという店名で隠れ家カフェのような佇まいで展開しているそうです。
「田口さんとカナさんにはそれぞれの良さ、違いはありますが、根底に流れているものは一緒。気持ちをしっかり表現することで、それに感化された人を通じてその想いが後世にも伝わる。私が大好きなエゴンさんや田口さんの想いが今も引き継がれ、この世にあることはすごく素敵ですし、嬉しく思っています」
「想いを口にすること、行動に移していくことで幸せがシェアできればいいな」
現在はお仕事の傍ら、ご自身も版画を掘るなど、表現することをプライベートでも実践しているという
海外経験などを経て、エリソンさんが感じるのは、今後は日本国内においても個々人が想っていることを表現することの重要性です。「察して慮(おもんばか)る、旧来の日本的なコミュニケーションの取り方はスマートですし、それが功を奏することが多々あることは分かります。ただし、個人の価値観が多様化する将来、自分が何を思っているのか、それを正しく“察してもらう”というのは難しくなってくるのではないかと考えています」
外国で言語も文化も違う異国の人間とコミュニケーションをとる中で感じたのは伝えることの重要性。それは個人の性格などによる部分ではなく、各人が自分の想い伝えることがどれだけ難しく、コミュニケーションを取る上でどれだけ重要かということだといいます。
加えてエリソンさんは、行動して形にすること、その足跡を残すことで、それに触れた人に伝播し、そこに新しい文化が生まれると言います。その一例としてエリソンさんが愛した文学を挙げ「かつては口伝として伝えられていた物語の世界は、文字の力を得て、その時代背景とそこで生活する人々の息遣いや文化が活字で表現されるようになりました。そして活字は読み手が受け取った内容を想像することで、幾通りもの同じで違う世界が生まれます。その豊かさや自由な多様性に惹かれてやまないと」語ります。これを踏まえエリソンさんはご自身の道標となったいくつかの物語について触れました。「物語の面白みの一つは、同じ話が読む時代、環境、自分の心持次第で心に残るものが変わるところにあります。ただし普遍的に変わらないものもある。それがまた面白いなと」
「『秘密の花園』って本が好きで、そのなかで気難しい主人公のメアリがオレンジを食べて美味しいって言っているところに、乳母がそのオレンジを分けてあげればいろんな人に美味しいことを伝えられるよね、って諭すシーンがあるのです。自分が考えていること、感じていることを表現すること、伝えることってこんなに素敵で、とても重要なことなんだって気付かされますね。感謝していることを察してもらうのではなく口に出して表現するのも同じだと思いますよ。人が嬉しそうだと自分も嬉しくなりますよね」
そして「思えばいつも、何かしらの言葉に背中を押してもらってきた」とエリソンさんは続けます。たどり着いた先は、言葉にすること、行動すること。自分の思いを口に出し、行動することでその想いが伝播する。「秘密の花園」のように嬉しい気持ちを素直に表現すること、シェアすることで、相手の幸せが自分にも返ってくる。確かに、これを実践しているエリソンさんは笑顔を絶やしません。
取材:UNI COFFEE ROASTERY編集部
今回お伺いした場所
UNI COFFEE ROASTERY 横浜岡野店
- 店名:
- UNI COFFEE ROASTERY 横浜岡野店
- 住所:
- 〒220-0073
神奈川県横浜市西区岡野1丁目12−11 SIビル - 営業時間:
- 9:00-19:00(定休なし)
- Instagram:
- https://www.instagram.com/unicoffeeroastery/
エリソン有理さんが感謝しているもの
- 1 アウトプットの大切さを教えてくれた植木孝二先生(エゴンさん)とその意志を共有する人々
- 2 幼少期から今に至るまで生きるヒントを教えてくれるミハイル・エンデの『モモ』『はてしない物語』『鏡のなかの鏡―迷宮』
- 3 新旧絶妙に混じり合いバランスが取れているイギリス・ロンドンの街並み